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1953 VOLKSWAGEN 1200 EXPORT SEDAN ホビダスショッピングでVWを探す

 この年は、VWビートルのスタイリングに大きな変化が加えられた年である。そのリア・ウインドーが、それまでの2分割(スプリット)タイプから、楕円(オーバル)の1枚タイプとなったのである。加えてダッシュボードのデザインも変更となり、オーバル・ウインドーの時代はこの後、1957年7月までの生産まで続いてゆく。なおこの1953年はスプリットからオーバルへの過渡期にあたり、リア・ウインドーはスプリット、ダッシュボードはオーバルのデザインというモデルも存在する。なお日本への正規輸入は、この年に105台が輸入されて始まった(輸入扱いは日独自動車株式会社、販売は梁瀬自動車株式会社)。
VOLKSWAGEN 1200 EXPORT SEDAN
●OWNER:小野寺ケン
 前オーナー(医師)より譲り受けたこの1953年式オーバル・ウインドーは、梁瀬自動車株式会社(現・株式会社ヤナセ)がVWを正式に輸入開始した最初の105台のうちの1台で、オリジナルのシングル5ナンバーに、これまでの歴史をしみ込ませた個体。ボディの内外装は、一見するとオリジナルのようにも見えるが、幾度かの塗装変更やパーツの交換、追加が行なわれており、歴代オーナーたちとこのVWとの係わり合いを十分に窺い知ることが出来るのが、なかなか興味深い。現オーナーは、このオーバル・ウインドーを全体的かつ大々的なレストレーションにかけているところ。元箱に入って保管されていた純正NOSパーツがふんだんに使われるレストレーションによって、昔日の美しさを取り戻す日も近い。
 5年間にわたるオーバル・ウインドー時代の最初の年式となった1953年モデル。一枚窓となったリアウインドーは、それまでのスプリット・ウインドーよりも遥かに優れた後方視界を得ている。当時、このオーバルを見て、スプリットのオーナーたちが愛車のリアウインドーの真ん中の柱を切り落とし、即席のオーバルに仕立て上げるといったブームが巻き起こったほど。何ともったいないことか(しかし、1958年以降のスクエア・リア・ウインドーに比較すれば、無きに等しい後方視界だが)。さて現車は、1953年9月25日の生産、10月2日に出庫し、日本へ送られたという記録を持つ。エンジン・ルームのファイアウォールに取り付けられるディーラー・プレートは、エクスポートが赤地、スタンダードが濃緑地となる。